自己啓発

マウントをとる生き方やめて、己に集中!

いらっしゃいませ!フジサンヘようこそ!

広報のトムです✌️😉

最近、よく使われる「マウントを取る。」という表現について語ってみたいと思います。「マウントを取る」とは相手を言葉や行動で自分の方が上にいる事を示す事を言います。まさに不健康になる言動だと思います。

確かに人間は競う合うから発展してきたことは事実としてあります。どれだけ自分たちの文明が栄えているかを強調して、マウントを取り合ってきたのです。競う合う事を否定してしまうのは良い事なのか分かりませんが、僕は否定したいです。

なぜなら承認欲求の塊の人々がする事であると思うからです。マウントを取ろうとする相手に自分を認めさせたいという行動はまさに承認欲求です。別に誰にどう思われようと自分を持っていれば、僕は幸せです。

それに人生は一個の物さじでは測れないのが人生だと思います。何を持ってすごいと思うのか?何を持って負けと見なすのか?米粒のような存在同士がそんな事を考えず、なぜ自分の承認欲求を満たす為に傷つけ合う必要があるのか?

個人の存在は本当に米粒のように小さく誰もその個人を気にしていません。しかしその個人は世界を自分基準で考えるから勘違いしてしまうことがある。僕が何かに勝利しようと敗北をしようと世界は何も変わらない。

究極、死のうと生きようと誰も歓喜の感情も悲しみの感情もない。そのくらい無関心です。だからこそ生きようとする時に承認欲求なんてくだらないと思うのです。世の中に承認欲求を満たしたところで、それは幻想で誰もそんな自分の事を承認しているかなんてわからないのです。

自分を人の感情を左右できる人間なんて思ったら、大きな間違いです。それに疲れるのでやめて欲しいです。人の感情をどうこうできるなんて不可能です。肉体が二つある時点で分かり合えない物は一生分かり合えないのです。

自分に対してどう相手が思うかなんてわからないものを考えるのではなく、自分のなりたいものに集中した方がずっと幸せだと私は思います。これからの時代二極化していくと思われます。金持ちはどんどん豊かになり、お金のない者はどんどん生活が苦しくなる。

そんな時代に向かっていく中でなぜ身近な人間と傷付けあう必要があるのでしょうか?その個人とこの時代に話せる時点で奇跡なのです。なぜなら人が自分と話す為に時間を使っていることに幸せを感じなければ、我々の人生は悲しい物になります。

自分が人を選べるように相手にも選ぶ権利があります。相手がそして自分がお互いが時間を使って話そうとした時にマウントを取り合うメリットを考えて欲しいです。

本日もありがとうございました。😊

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ABOUT ME
tom
フジサン広報担当 パワーストーン大好き!ITも大好き! お客様に有益な情報をお届けします!
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